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Qご指導お願いします。高岡市本丸町の大学職員、男性です。7年前から、うつ病で心療内科に通い続けています。薬を飲んで良くはなるのですが、職場の異動を機にこれまで二回、短期間では有りましたが休職をしました。それ以降、会社の配慮もあり無理のない一定量の仕事しかしていないので、状態は安定しています。しかし、薬を飲み忘れると、(特に夜で、それが無意識であっても)如実に具合が悪くなり、慌てて薬を飲むと落ち着きます。抗うつ剤は即効性がないと聞いてるのですが、そうは思えません。だから状態が良くても薬の量を加減することができません。一体どういうことでしょうか、このままずっと薬を飲みつづけなければいけないのでしょうか、教えて頂ければ幸いです。尚、夜の薬は、アンプリット錠25mg2錠、コンスタン0.4mg錠1錠、レキソタン細粒1%0.2g、アモキサン細粒10%0.2gです。病気に悩んで帯広市東の心の悩み相談掲示板で霧島を知りました。自殺願望は残念ながらあります。自家用車の中での練炭自殺を考えています。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。あなたには心の浮き浮きするお経が良いです。
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Qこんにちわ。名古屋市名東区梅森坂の地方公務員です。大分市錦町の★★さんの紹介です。2年半ほど前から鬱病と思われる症状があり、検査の結果、かなり重い鬱病と診断されました。今までに処方された主な薬は以下の通りです。処方された順に記します(記載の量は処方された最大量です。)1 ミラドール錠 150ミリ2 パキシル 60ミリ3 トフラニール 175ミリ4 トレドミン 100ミリ5 テトラミド 60ミリ6 リーマス 600ミリ以上の処方では、それなりに効果はあったのですが、それなりにしかありませんでした。現在では、デパケン 600ミリ テトラミド 60ミリ が主な治療薬として処方されています。(その他に、ソラナックス1.2ミリ デパス 1ミリ マイスリー 10ミリ ミラドール150ミリが処方されています)この処方により、日常で鬱状態に陥ることはほとんどなくなったのですが、時々鬱状態(著しい全身の倦怠感及び気力の低下)が起こるようになりました。このことを信頼している主治医に相談し、何か頓服がほしいと相談したところ、即効性のある抗不安薬ではなく、現在服薬しているテトラミドの10ミリ錠が処方されました。お聞きしたいのは、効果が現れるまでに時間がかかる抗うつ薬を頓服として用いて、薬理学上効果が認められるのだろうかということです。主治医は「おまじないとして」という趣旨の言葉を口にしていましたが・・・。もしかして、この処方はプラセボ効果を期待したものに過ぎないのでしょうか。私のうつは人間関係から発生しています。ちょうどその時に恋人の流産が重なりました。かなりのショックでした。水子供養はしていません。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。気の流れを高める事です。
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Q私は25歳の会社員です。弟の事で結婚予定が延期になっています。尾道市久保町の★★です。神社の隣りに住んでいます。弟は、小学校の5年あたりから不登校気味になり、性格も活発な性格から徐々に消極的になり、学力低下・集中力低下が感じられました。中学校に入り、その傾向は強くなり、更に外食時などは、「他人が自分のことを笑っている」と訴えたり、極度に他人の目を気にするようになりました。高校は受験したものの、入学式とその翌日しか登校せず、中退してしまいました。その頃初めて母と精神科を受診し、「統合失調症の疑いがある」と宣告されました。しかし、この時母も私もこの宣告を受け入れることができませんでした。はじめの一年位は外来で受診をしながら(一週間に一回)リハビリにも参加していました。二年目あたりから、天井を見据えたまま何時間も布団の中で動かず、話しかけても返事をしない、病院へも行きたがらないという状態が見られるようになりました。何とか本人を説得し、再び病院へ通うようになり、無口でしたが、徐々に病状も落ち着いてきたように思っていました。はじめ、弟は自分の内面や症状(自分の考えが世界中に知られている)を、誰にも話しませんでしたが、二年程前に「今まで誰にも言えなかったんだけど・・・」と打ち明けてからは、口数も増えてきました。その後、私に度々悩みを打ち明けるようになり、妄想も治まってきたかに思えましたが、今まで見れなかったテレビに話しかけたり、ドライブ中などは、前を走行するの車のブレーキランプが、自分に対しての嫌がらせではないかと訴えたりすることもありました。そんな状態が二年程続いた今月の朝、全身が硬直し、ひどい発汗、ふるえ、目は開いたまま、意識もない状態になり、救急車で病院へ運ばれました。母の話では、4〜5日程不眠が続いていた様です。はじめ、家から近い病院(通院していた病院とは違う)へ搬送され、「悪性症候群」と診断され、硬直を抑える注射を打たれましたが、その病院では対応できないと言われ、結局救急車で30分程かけて、いつも通院している病院へ搬送される途中、意識が戻り、硬直も治まりました。病院に着いて点滴をしている途中、自分で点滴の針を抜いて立ち上がり「死にます!」と何度も叫びながら外へ出ようとし、現在隔離室で拘束され、薬で落ち着いている状態です。担当医によると、「自分の考えがみんなわかられている。誰も信じられない。死にたい。」と訴えていたそうです。「悪性症候群の可能性は低く、今までの薬(セレネース・ウィンタミン)を中心に治療を続けていく」という考えのようでした。本当に悪性症候群ではないのでしょうか?また、急にこの様な状態になることもあるのでしょうか?日に日に弟は症状が悪くなって行くようです。先日は北朝鮮の金正日将軍の命令で拉致されるとか訳の分からないことを叫んだりします。ライブドアの堀江貴文社長は自分の考えしアイデアを盗んで金儲けしていると信じ込んでいます。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。地相家相は重要な要素です。
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Qはじめまして。助けて下さい。先生の事は秋田市土崎港南の友人が週刊専門雑誌で知りました。匿名相談でお願い申し上げます。私は35歳。★★★★★在住の産婦人科医です。実は私の実母のことでご相談があって、メールいたしました。以下に少し長いですが、経過を書いてあります。よろしくご理解のほどお願いいたします。主訴:
母は子供に対する執着がすごい(特に長男)。家族構成:
母は57歳の専業主婦。65歳の父は健康で、自営業(現役)。子供は長男(私)、長女、次女の三人で、いずれも健康。母親に明らかな異常行動がはじまったのは長男が私立中学に合格してからだと長男は記憶している。この頃、母親は長男に対し、「あんたが高い学校に行っているおかげで洋服も買えない」ともらすことが多かった。しかし、その半面で、私立中学に入学したことを自慢に思っていた様子。友人の母親に電話を掛けるようになったのもこの頃からである。子供が友人関係にあると面識がなくても電話を掛け、一方的に友人関係を結んでいた。長男が医大に入学し、医者になってから、症状はますます悪化、長男に対する執着も以前より酷くなっていった。長男は25歳のときに一度結婚したが、その直後より母の執拗なまでの干渉により半年後別居、その1年後には離婚に追いやられた。このときは長男夫婦は京都、父母は名古屋に住んでいた。母は長男の嫁を良く思わず、電話で罵倒したり、嫁の実家に「育て方が悪い」等さまざまな暴言を吐いていた。嫁の実家の近所の家の電話番号まで調べ、その家に何度も電話をし、嫁の実家の暮らしぶりなどを聞いたりもしていた。そのうち長男宅に、多い時には日に20回ほど無言電話が掛かるようなった。NTTで発信元を調べたところ、すべて名古屋の実家からということが分かった。長男は何度も名古屋に行き「静かに生活をさせてくれるように」と頼んだが全く聞かなかった。一度は実家に話をしに行った長男に向かって、包丁を向けた事もあった。嫁は当時主婦をしていたが、繰り返される電話、手紙(多い時には1週間に4,5通。1通数十枚に及ぶ。内容は暴言の繰り返し。時に字もめちゃめちゃで「今にみておれ」「殺してやる」などの内容。)の上、はじめての都会暮らしになれていなかったこともあって、心労が重なっていった。そのため長男夫婦は少し郊外の家に引っ越した。ところが、そこの家にもふいに訪れたり(長男が仕事で留守にしている昼間)、嫁が訪問を断ると、家の前で周囲に聞こえる大きな声で罵ったりした。そのうち長男宅の前にある家の電話番号まで調べ、母から「(長男夫婦は)どう暮らしていますか?親だから心配でねえ」などという電話を何度も掛けていた。その裏で嫁の実家の親元には毎日のように暴言の電話を繰り返し、そのうち嫁の父親の仕事先にまで「この人は自分の子供もきちんと育てられない」などの内容のファックスを送りつけていた。長男夫婦、嫁の両親は周囲の親戚や仲人である長男の上司に相談し、仲人夫婦の列席のもと、両家が集まり話し合うことに一度はなったのだが、約束の2日前に母側から「体の調子が悪くなったので話し合いには行けない」と一方的に電話が入った。その後も何度か話し合いの場を持とうとしたが、結局毎回反故にしてしまった。長男夫婦は事態の収拾を家裁に持ちかけようとしたが、相談した弁護士のこの例はかなり悪質なために地裁に申し立てた方がよいとの勧めで、「平穏な生活が送れるように長男の職場、嫁の父親の職場へ、急を要しない私的な電話をしないよう」の内容の訴状で訴えを起こした。結局母側は裁判当日になり「体の調子が悪い」などとして裁判を欠席。その後の事態に何ら改善はなく、長男の勤め先への頻繁な電話、訪問は続いた。この間、父親は長男夫婦の婚約当初はあくまで中庸の立場をとっていたが、母親の干渉がひどくなるのに並行するがごとく、父親も全く母親と同じことをいうようになっていた。名古屋の実家には「ふたりの母親」がいる感じだった。結局その後、嫁は流産、心身ともに疲れ果て実家で静養することになり、結婚後2年で長男夫婦の話し合いで離婚することになった。その後長男はしばらく名古屋とは絶縁状態となった。長男の2度目の結婚話が持ち上がったのを契機に、長男は名古屋の両親と連絡をとるようになった。当初再婚に慎重だった両家のために、何度となく両家の親同士で会う機会を持ち、母も「今回の方は前回に比べてとても気持ちのいい、嘘のない方で気に入った」と言っていた。(前回の嫁の家族が嘘をいったことはなかったのだが、ことあるごとに母は「彼らはうそつきだ」「だまそうと思ってもそうはいくか」など叫んでいた)長男の2回目の結婚は結婚後しばらくは平穏に過ぎた。ところが長男の当直で留守な日に必ず嫁に電話があるようになった。まもなく長男夫婦はアメリカに留学したが、その後も1週間に1回以上の割合で30分から長いときには1時間以上の国際電話を掛けてきた。全て長男が仕事で留守にしているときのもので、最初は「元気にしているか」などの内容だったのが次第に「・・・・しなさい」「・・・したほうがよい」から「・・・していないなんてご両親の育て方が悪い」だの「なんでいうことが聞かれないの」などの命令口調に変わってきた。嫁の実家の方にも週に多い時で3,4回、特に急な用事があるわけでもなく、彼らの娘への小言をグチグチと聞かしている。手紙も長男夫婦あてに一通数十枚の分厚いものがよく送られる。嫁の実家にも手紙を送り「息子の居所を隠していただろう」という事実無根の疑いをかけ支離滅裂な内容だった。以前の結婚時もそうだったが、長男の嫁の実家への電話、手紙は「ことばの暴力」で埋め尽くされていて、「金目当てで医者と結婚したんやろう」「あんたが子供を生んでも到底医者にはできない」など挙げればキリがなく、とてもここには書けないような、人権を侵害する内容まであった。去年の秋に長男夫婦が一時帰国したときのこと、嫁は帰国直前に分かった妊娠のつわりのため、すぐに嫁の実家に移った。母は長男が嫁の実家に泊まることを「嫁の実家に息子を取られる」といつも嫌っていたため当時も長男は嫁の実家に長居せず、すぐに名古屋の実家に顔を出した。翌日、世話になった元の勤め先に長男が挨拶に行っていたときに名古屋から携帯電話があり、母が異常に興奮して「今どこにおるんやああ、嫁の実家に行ってるんやろお。嘘ついても分かるんやぞお」と電話口で何度も何度もどもりながら叫んでいた。父親も「お母さんがおかしくなった。お前のせいやぞ」と興奮した声で叫んでいた。長男は前日に「明日は・・・・へ挨拶しに行くから」と言っていたのだが、1回携帯電話に出なかったのを理由に、長男の説明も聞かず、完全に疑ってかかっていた。このときは長男への電話のあと、嫁の母親の勤め先にまで電話をし、同様な震えたどもり声で「息子をどこに隠したああ」など大声で叫んでいた。母の他人への暴言等はたいていの場合、長男と嫁と嫁の実家にあてられることが多く、近所の人や母がいう友達(これも多くは長男の友人の母親)には向けられない。ただ以前は絶対の信頼を置いていたかのように見える医者や知り合いに対して、全く反対の感情を抱くこともしばしばである。何をきっかけでそうなるのかは分からないが、例えば長年「めまい」がするといって医者を転々としているのだが、ある大病院の(神経内科の)医師に対して「なかなかこの先生の診察は(とても高名なので)受けられないのに、診察してもらって自分は光栄だ。ようやく自分にとっての最良の医者を見つけた」といっていたかと思うと「あの医者はちょっと有名だからといって偉そうにしている。患者の顔も見ない。あれでよく診察ができるものだ」と手のひらを返したように反対のことをいったりする。だから同じ医者に定期的に長くかかることは出来ずにいる。殊お金に関しては敏感で、長男が留学中毎月仕送りをしていたにもかかわらず、長男の確定申告の還付金も自分の口座に入れてしまい、長男には1年近くたった今も返さないでいる。去年秋、嫁は、つわりの静養のために実家に戻っていた。そのころの入院やらで役所や保険会社から嫁の名前で郵便物が送られてくるので、嫁あての郵便物は嫁の実家へ転送するように届出を出しておいた。嫁は2ヶ月ほどで長男の現在の滞在先のアメリカに移った。ただその後も、嫁あての郵便物は嫁の実家あてに送付し続けたほうがよいだろうとの長男の勧めで、(新たに転送届けは出さず)そのままにして渡米した。ところが嫁の渡米後しばらくして、嫁の実家に郵便局から「(嫁の)郵便物の転送変更届が名古屋あてで新たに出されているんですが、いいんですか?」と連絡があった。嫁の実家は田舎ゆえ一時帰国の際、嫁が「郵便物転送届出」をそれまでの名古屋の長男の実家から、嫁の実家あてに変えたのに、それから3ヶ月も経たぬうちにまた新たな「転送変更届」が出されたことに、郵便局員が不審に思い、親切にも確認の連絡をしてくれたのだった。嫁の実家側は要らぬ触発をしてはいけないと郵便物の再転送届けを出さず、様子を見ている。それから約2ヶ月以上が経つが、名古屋の実家から長男宅に送られてくる郵便物の中に長男あての郵便物が同封され送られてくることはあっても、嫁あての郵便物は(たとえ年賀状でさえも)一通も同封されていない。去年まで毎年のように送ってきてくれていた数人の友人のものさえも今年は無かった。現在までに嫁への郵便物について、そしてその転送届けを勝手に出したことさえも、母親は自ら何も言ってはきていない。長男の赴任先があるアメリカの日本領事館にも、全く緊急性のない国際電話を何度も掛けている。長男はちゃんと赴任しているのか、その赴任先はどういう所なのか、そこには日本人の人は他にもいるのか、いたらその人の名前、住所、電話を教えてほしい等々。領事館への電話はたびたび思い出したかのように日に何度も頻繁にかかってくるという。いずれも領事館では取り扱わない種類の依頼で「息子の周りにいる日本人を紹介してくれ」などもあって、領事館側は「ひと探しのようなことはできません」と断っても全く聞いてない様子で同じことを頼んでくると言う。領事館の職員も職務範囲外のことは申し上げられないと断っているそうだが、あまりにも頻回で長時間のために対応に困っておられるとのこと。もちろん長男は赴任前に職場の内容やどのようなところかもちゃんと両親に説明していた。それにもかかわらず現在の職場について「詳細を全く知らせてこない。本当に、ちゃんとしたところで働いているのか?」などと、疑いを持ち、英文科の大学生を誰かに紹介してもらい、長男の勤め先のHPを英語でダウンロードさせ、それを訳させる、などの行動が見られた。他にも、母親は、アメリカ大使館、市役所、長男の職場、長男の友人や、仕事の先輩など、次々と連絡をすることをやめなかった。「親ですから心配でねえ」などと相手には話しているという。父親はそういう母親を抑えるどころか、逆に助長しているところがあり、口調も内容も一言一句全く同じになっている。母親の連絡する先の多くは長男の友人の母親のところが多く、この傾向は長男が中学に入ったあたりから見られた。当時中学生だった長男自身このことをあまり気持ちのいいものとは思わず、幾度となく「僕の社会を利用して交流を広げるのはやめてくれ。お母さんは自分で自分の社会を切り開いていくべきだ」と母に言っていた。だから大学に入るあたりから長男はなるべく自分がどういう名前の人間と友達なのかは親に言わないようにしてきた。それでも何かのはずみでその友達の名前が知れてしまった場合には、母親はそこの実家に電話をかけ(どういうやりかたで電話番号を知るのかは長男さえも分からないが)、そこの親と友人関係を作ってしまう。彼らにとって母親は「息子さん思いのいいお母さん」であった。以上の経過を見て、母親の症状をまとめると以下のようになる。1.感情が不安定で一定しない2.思考内容が大きく飛躍したり脱線したり誇大化したりする3.多弁4.以前の言動について全く覚えていないことがある(虚言癖?)5.人に対して猜疑心が強く、また激怒しやすい・攻撃性。信頼できる人がおらず、また、いてもその信頼が長期化しない。自分の言動に対する問題意識が全くない6.同一人物に対する評価が時期によってまちまち7.人によって傲慢で見下すような態度に出たかと思うと、別の人には全く違う真摯な態度で接したりと、うまく使い分ける8.常時の自律神経症状(血圧が高くなりやすい(本人弁)、だるい、めまい、心悸亢進、耳鳴り、頭がふらふらする等)9.今までのところ自傷行為(自殺企図)はなかった模様。10.1日に掛ける電話の回数が膨大で、何時間にも及ぶことが多い。(電話による依存症?)11.両親が早い時期に亡くなっている(父は母親が小学生時、母は中学生の時くらい。父親はかなり厳格な人物であった様子)12.お金に対する執着が強く、長男の財産は自分のものだと思っている節がある13.とにかく執拗。自分がやってうまく行かなくなると夫を使って電話をさせたり、話をしたりさせ、自分の思い通りになるまで執拗に言動を繰り返す。14.睡眠時間のばらつき15.既往として、小さな脳梗塞あり(神経内科にてCTを施行し診断された:加齢変化といわれている)以上。長文で申し訳ありませんでしたが、「異常な電話攻撃、手紙攻撃」で私も嫁も心身ともに疲れきっています。また、近くの病院の精神科にこの内容と同じ書面を持って、私の妹が相談にいったのですが、対応した医師は「人格障害という診断を下すのは難しい。また、人格障害だとしても、それは入院で治すとか、薬で治すというものではない。境界型人格障害は20〜30代の人、特に女性に起こるのが特徴で、この母親の年齢からして、また昔から性格的に強いところがあったことからして、病気と診断することはできない」とのご返事だったそうです。先生のご意見をうかがいたく存じます。よろしくお願いいたします。このままですと私はまた離婚という結果になるものと覚悟しています。妻が母への恐怖心からうつ状態になっておりますので早期の解決を意図しています。医学科学で解決出来ない分野なのでしょうか。ご教示下さい。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。医療関係者は定期的に除霊が必要です。
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Q埼玉県春日部市谷原の会社員です。本当につらく、今の状況から抜け出すために何かアドバイスをいただければ本当に幸いです。非常につらい気持ちで助けていただきたいのです。私は医薬品工場の品質管理室で働いております。経営難から昨年会社が変わり、別の親会社の子会社になりました。親会社から新しい上司が来ました。また工場ももともと食品メーカーの医薬品工場だったので医薬品メーカーとしては管理上の問題などいろいろ改善すべき点があり、私も試験責任者となってそれらに携わっておりました。しかし、仕事の結果をだすのが遅れてしまい責任者から下されてしまいました。理由は理解できますが、それなりには努力していたつもりでしたのでショックでした。それから、慣れない検査作業をすることになったのですが、単純作業ですが製品の出荷に間に合わせるため仕事に追われる感じで休むこともできず、ストレスが溜まってまいりました。簡単な仕事でも失敗ばかりして、検査のやり直しなどが重なりました。また、他の人に手伝ってもらうなど、周囲の同僚や上司にも迷惑をかけることもありました。そして、何も考えられないようになり、何をするのも面倒なような状態になりました。ピペットひとつ持ち上げるのも億劫なような感じです。夜も眠った気がしないまま朝早く目が覚めるような感じで、目が覚めても体は起こせないような感じでした。それから、私はだらしのない性格で、使ったもの、捨てなければならないものなどがその場に置きっ放しで、自宅の部屋はごみ部屋になってしまっていました。仕事上でも、無くし物、忘れ物などが多く、書類の提出期限が守れなかったことなど問題がありました。そして、インターネット上で調べているとADD(注意欠陥障害)に関する記述があり、関係する本を読んだりして自分もそうではないかと思いました。つらいので、助けて欲しいと思い日曜診療をしているメンタルクリニックを受診しました。そこでADDの話をしたのですが、子どもの病気としてはあるが大人のものは認められていないということでした。簡単なアンケート調査に解答したのですが、それの内容と問診からうつであると診断されました。抗うつ薬としてデプロメールを夜2錠、それからやる気が出てくるというドグマチールを毎食後1錠ずつ頂きました。1ヶ月続けましたが、それまで下痢気味だった胃腸の調子が良くなったのがドグマチールのせいではないかと感じた以外は特に変化は感じられず、つらい状態が続いていました。また、肝臓の数値が悪かったことを告げたため血液検査をして、肝臓のためにユベラニコチレートとグリチロン錠を出していただきました。それから更に2週間続け、先生に効果が全く感じられないことを伝えると、先生はおかしい、変だとおっしゃってドグマチールをやめ、柴胡加竜骨牡蛎湯エキスという漢方薬を代わりに出してくださいました。それを1週間続けていると、妙な不安感と焦燥感が出てきて、確かに仕事上でも客観的にそういう状況はあるのですが、ベッドに入ってもじっとしていられない。疲れているはずなのに全然休めないような状態になりました。じっとしていられないので起き上がり部屋の中に散らかったごみを集めて捨てるなどしました。でも、これはやる気が出てきた、うつが直ってきたという幸福な感じではなく、つらくてじっとしていられない焦燥感からのように感じました。夜も眠れず、疲れ、仕事では凡ミスばかりしている状態でした。予約の2週間を待たず、クリニックを受診し、焦燥感のことをお話しました。先生はおかしい、漢方薬でそのような症状は見たことが無いとおっしゃって、症状なのか副作用なのかは分からないが焦燥感を抑えるためにということで、メイラックスを朝夕1錠ずつ追加で出してくださいました。メイラックスは少し効いたような感じがしました。しかし眠くなるような気がし、だらしない性格が戻ってきてしまうような気もします。焦燥感のある間部屋の中のゴミは半分くらい片付きました。今でも、仕事がまるで三途の川の石積みのように感じられ、考えはまとまらず、失敗ばかりという状況は変わっていません。この間、会社の集団検診がありましたが、そこでも問診の際にうつの話を先生にしました。問診していただいた先生は優しく、産業医の先生に話して自宅療養を申し出た方が良いかもしれないとおっしゃってくださいました。でもクリニックの先生は特に会社を休むようにはおっしゃっていません。仕事がつらいので休むことができたらどんなにか楽かとは思います。でも、この状態で休むのはずる休みのような感じもします。買い物に行くこともできますし、太っているのでダイエットをしたいところですが、食欲だけはあり全く痩せて来ません。物の味も良く分かり、おいしい物を食べたいなどと思います。死ぬことなどは怖くて考えられません。つらさから逃れるために、自然に消えてしまうならそれも良いかとは思います。でも、そんなことはできるはずもありません。私は本当にうつ病なのでしょうか。仕事がつらいことだけは事実です。でも、単なる甘えかわがままのような気もします。気分を変えようと思い、今日は日曜日なので近くの温泉へ行ってきました。帰りにはおいしい焼肉を食べました。こんなことをしていて自宅療養なんて、ずる休みのように感じます。本当に自宅療養であれば、家から出ずじっと苦しみに耐えるようなものだと思います。仕事は向いていないとも感じております。逃避だとも思いますが、将来も考えられず、仕事をやめてしまいたいと考えております。うつ病のときは正常な判断能力が無いので退職などは延期するべきだと言われていますが、いまのつらさ、苦しさに耐えていく自信がありません。仕事をやめて、他に当てがあるわけではなく無責任だとは思いますが、私は一人身なので何とかなるのではと思っております。しかし暗闇のトンネルから脱出したいのです。地獄の生き方から希望のある生き方へ方向転換したいのです。先生の対面相談を希望致します。福岡市中央区黒門の★★さんのように明るい心の人間になりたいのです。先生は私と会って下さいますか?
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。霧島にお越し下さい。日時を予約して下さい。
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Qドキドキしながらメールしてます。国分市広瀬の★★と申します。24歳の未婚女性。会社員です。ホテル京セラ隣りのスポーツクラブエルグで先生の霊能力を知りました。私の会社の同期の25歳のある女性★★さんは、非常に気を使う性格です。私たち同期に対しても、気を使いすぎて私たちが反対に気疲れしてしまうほどです。その★★さんが、この2年間周囲を巻き込んで大変な嘘をついていたのです。★★さんの職場では、28歳女性が一番年齢が近く若い先輩です。私たち同期は、彼女から入社当時からずっとその先輩にいじめられていると聞いていました。それは、同期誰もが★★さんから相談されていました。もちろん私たちも★★さんを信頼し、いじめは真実だと信じて疑いませんでした。しかし、最近その先輩から食事に誘われ、驚くような事実を告げられました。実は、その先輩は★★さんから、私たちがその先輩の悪口・文句・いやがらせ等を行っていると聞いていたそうなのです。しかも、★★さんは私たちにいじめられているので相談に乗って欲しいと先輩に頼んでいたりもしていたというのです・・・。私たちはそんなことを言ったこともなく、同期の友人たちは誰もが驚くばかりでした。事はそれだけではなく、先輩にそんなことを言って取り入ろうとしている反面、先輩にはストーカーまがいのメールや、電話を一日に何回も行っていました。先輩が、「こんなことは止めて欲しい」とメールをしたところ、すぐに電話がかかってきて「死んでやる死んでやる」と何回も電話口で叫ばれたそうです。また、職場の上司などには、同じ職場にもかかわらず先輩にいじめられているとうそをつき、また私たち同期も仲が悪く困っているなど、まったくありもしないことを言っていたようです。先輩、同期の私たちも我慢の限界となり、ある日★★さんを交えて話し合いをしました。そのときには、「先輩にいじめられた事実はなく、私たち同期に対しても悪いことをした」とぶっきらぼうながら言っていました。今までの★★さんは、同期の中でも姉御肌で世話好きで全員をまとめる役でした。しかし、冒頭にも書きましたとおり、非常にというか異常なまでに気を使う性格で、私たち全員に無理に合わそうとするのが感じられるのです。彼女は既婚者ですが、夫にはかなり秘密があるようでした。家事を一切しない夫にかわり完璧な主婦を演じていたようです。★★さんはその話し合い後、療養休暇をとっています。そして、夫に「先輩にいじめられているから仕事にいけない」とまたしてもうそをつき、夫が職場の上司に怒鳴り込んできたそうです。上司は、先輩の話を一切聞かず★★さんの側についてしまい、これでは休んだ者勝ちのようになっています。また、先輩は無理やり見舞金を巻き取られ、それを当たり前のように受け取ったそうなのです。★★さんは、病院からうつ病との診断書が提出されているそうですが、うつ病ということだけで片付けられるのでしょうか?彼女とのカウンセリングだけで医師には真実は見えるのでしょうか?また、実は話し合いの内容を彼女には内緒でテープに録音しています。いやがらせメールもすべて保存しています。これを公表すれば、彼女を追い詰めることはわかっていますが、このままでは私たちは納得いきません。彼女が、どうしたいのか何を求めているのでしょうか?それともうつ病の人は、みなさんこのようなことをするのでしょうか?彼女一人のおかげで、私たちはめちゃくちゃです。彼女にどのように接すればよいのでしょうか?同僚の中にはノイローゼになっている人もいますし、依願退職を検討している人もいます。先生の都合が宜しければ今度の仕事休みに霧島に行きたいです。私も先生の心の浮き浮きするお経が欲しいです。先生がよくご存じの大牟田市不知火町の★★さんは短大時代の友人です。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。お電話下さい。0995−64−8222
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Q私は21歳。福井市中央の専門学生です。私の一家は創価学会員です。相談は私の兄の話です。1年ほど前、兄と付き合って間もない女性が妊娠。正直言って兄は結婚に前向きではなかったのですが、母が「よさそうな子だから」と承諾し、結婚しました。結婚前、将来新潟県長岡市の実家の方へ来ることを彼女と口約束しました。兄は、今の所でずっとやりたいという希望をもっていましたが、親から言われ、ある程度その気にはなっていたようです。しかし、出産後、彼女はそれを拒むようになりました。母が一度電話でそのことに付いて触れ、流れで子供の教育について一言言ったのが気に入らないとかで、電話に出なくなりました。それで親が心配して家まで様子を見に行った(電車で3〜4時間)のが“連絡もなく来た”ということでまた気に入らなかったらしく「電話がだめでもFAXで連絡できるはず」と怒っているようです。いまだに、連絡方法はFAXのみです。兄としては、“嫁姑問題”として、母に対して、迷惑なことをしてくれたと怒っているようで、母にとっては寝耳に水と言う状態です。数年後に実家の方へ・・・という話もそれを理由に無理だといっています。彼女としては、兄の仕事、子供の教育、などすべて2人の問題で、親は一切口出しするべきでないという考えのようです。親は、兄に近くにいて欲しいという気持ちから、兄と何度か話し合いを持ってきましたが、彼女が親と険悪な関係を保っているためいつも振り出しに戻ってしまいます。兄は、親の方をだまらせればすべてうまくいくと思っているらしく、彼女を説得することはしません。彼女のしていることも、見て見ぬ振りです。はっきりいって、両親はナメられており、かわいそうな状態です。今の彼女の様子では、兄に実家の方へ来てもらうには、離婚するしかないようです。彼女はそうなった場合について、兄に対しては離婚をほのめかすようですが、いざとなったら拒否する可能性もあります。兄は離婚は避けたいと言います。ここで、相談ですが、この場合親が泣き寝入りするしかないのでしょうか。余談ですが、彼女の両親は離婚しており、それに至るには彼女の力が大きかったということです。今度は、両親と兄が絶縁に至らしめられるのではないかと思うような勢いです。どうしたら良いのでしょうか。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。不幸は想像で創造されます。
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Q東京都板橋区前野町の★★です。加賀の★★さんの紹介です。私は23歳で現在妊娠20週目です。1年半前にパニック障害と診断されました。ソラナックス0.4mg2粒とパキシル10mg2粒服用していました。状態が良くなりソラナックスを0.4mg半粒とパキシル10mg2粒まで減らすことが出来ました。妊娠してから、産婦人科で薬を止めるように言われてから、服用を止めました。止めてからどんどん悪くなる一方で、今では全く外出も出来なくなり病院にも行けない状態です。こういうときはどうしたらいいのでしょうか。薬の影響で奇形児ができると言われたのですが、私自身の状態も悪いので、薬を飲んだ方がよいでしょうか?いろんなサイトを覗いて見ましたが参考になる文章がありません。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。肉体は心の影です。
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Q静岡市春日の★★です。やはり感情が押さえる事が出来ません。昨年の末にこちらでご相談させて頂き、離婚をすることにしました。しかし、夫が全面的に非を認め謝罪をしたので、子供の事も考えて思いとどまりました。それから、やり直すからには仲良くできるように努力してきたつもりです。ところが昨夜、確定申告の事で私が相談をすると、主人は意見が合わないからもうこの話は止めようと、一方的に中断し、私は口が聞けない程ショックでその後の別の話題をする主人に待って欲しい事を伝えても話し続けるので私が耳をふさいだら逆上して、大声を出し、赤くなるぐらい手首を掴んで怒りました。その日、主人は軽い肺炎で5日入院して退院した日だった事もあって、感情的になっていましたが、同じ事を繰り返し、泣きながら怒る主人にあきれました。確定申告の件は、私の収入が夫の扶養に入るには越えてしまうから理解して欲しいという、了解を得る相談でした。それを夫は架空の経費を作ってでも扶養にならないと生活出来ないからと、仕事先の事までいろいろ文句を言いました。と言ってフリーで働く私の収支を管理してくれるわけでも無く、家庭のお金を理解しているわけでもなく、いつもお金が足りないと言うばかりです。かなり私として収まらないものがあります。私が流産して入院した時は何もしてくれなかったのに、自分が入院した時は大仰にする主人がすごく嫌です。思い起こせば夫の身勝手で妊娠して流産してしまったようなものなのに。前回に離婚を決めてから思い直し、今回もそうなるのかもしれないとは思いますが、私が悪いと言う主人を痛めつける良い方法が無いかと思っています。夫への復讐として浮気して遊んでやろうかとも思ってます。不倫の代償は大きいですか?
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。物事の捉え方が肝要です。
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Q突然のメールですがお許し下さい。大阪市阿倍野区松崎町の29歳の男性です。医療系の資格取得を目指し、仕事を辞めて再び大学に入学しました。大学のカリキュラムの忙しさや扱う内容の重さによるプレッシャー、級友たちと年齢が離れており親しく相談できる仲間がいないこと、慣れない土地での単身生活の寂しさなどから体調を崩し、1年半前にうつ病と診断されました。抗うつ薬を服用しながら何とか通学を続けていましたが、臨床実習に入ると体力も気力も使い果たしてしまい、半年前から休学を余儀なくされました。現在は身体症状はほとんどなくなりましたが、何をするエネルギーもわかず家に引きこもっている状態です。そういう私の状況を見て、精神科の主治医は、退学などの進路変更を勧めます。私の性格や体力が目指している職業には向いておらず、就業しても大変な思いをするだろうから別の職業を選ぶ方がよいと、断定するようなことを言うのです。確かに私の不調の原因が学生生活への不適応であることは認めますが、適応できないから避けて解決する、という考え方は受け入れられません。前職での経験を通して明確な目標を持って始めた学生生活なので、休学せざるを得ないと決まったときは本当に悔しく、何としてでも治って早く復学したいと思いました。その気持ちは主治医にも話していたのですが、治療が長引くにつれ「実は自分も大学を辞めたいのかもしれない」などと考えるようになってしまい、受診するたびに混乱し落ち込みます。治療期間が思っていたより長くなり、私自身も焦っていますが、主治医の方も治療効果が上がらずイライラしているように感じることもあります。このように医師が本人の意に添わない進路変更を勧めたりすることは、精神科の治療の上では一般的な考え方なのでしょうか?それとも私は、もっと前向きに元の環境への復帰を支援してくれる医師を探すべきでしょうか?先生の最適なアドバイスをお願い致します。
A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。私信で回答致しました。願望が第一義です。
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